2008.7.9
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第四十六回

 一期一会の真実


 私の新しい本が出たのは、いまから約二カ月前だが、いまごろになって、読んでいただいた方々からの感想文が、つぎつぎに送られてくる。
 これは要するに、きちんと最後まで読んでくれたという証拠なのであろう。
 途中で投げ出してしまったような方からは、読後感などこないはずである。
 どっちにしろ、書いた人間にとっては、ありがたいことであります。
 感謝感激であります。
 タイトルが「緊縛★命あるかぎり」というのだから、読者は大体、こっち方面の愛好家の方が多い。
 いま、こっち方面の愛好家の方で、風俗資料館の会員になっておられる方がかなりいらっしゃるので、当然、同館の館長である中原るつ氏をご存知の方も多い。
 したがって、この本を執筆した私と同時に「解説」を書かれている中原るつ氏のほうにも、親愛感をこめて感想文を寄せてくださっている方がおられる。
 ありがたいことである。
 中原るつ氏が書いてくださった解説文には、私への過分なほめ言葉がたくさんあって、甚だ面映ゆいのだが、けっしてそれだけでなく、同時に、過去に隆盛をきわめた、いわゆる「SM月刊誌」各種の盛衰興亡史にもなっている。
 それゆえにこの解説文が、愛好家の間で、貴重な資料的価値をともなって光っているである。
 簡にして要を得た、まことに見事な「SM雑誌盛衰史」である。
 中原るつ氏の「解説」は、私のこの小さな文庫本に、大きな値打ちを加えていただいた。改めてここに感謝したい。
 ということで、私のところに寄せられた、それらの感想文の中のいくつかを、ここに紹介したいと思う。
 この「おしゃべり芝居」を書きつづけている私の、生きてここに在る記録として残しておきたいからである。
 万一のことを考えて、寄せられた方々のお名前は伏せさせていただきます。
 インターネットとやらのおかげで、ちょっとしたヒントで、本名も住所も職業もわかってしまい、迷惑をかけることがちかごろ多いそうなので、その点、とくに注意して紹介させていただきます。
 私自身が最近、迷惑というほどのことではないのですが、針の先で突いた程度の油断から、びっくりするようなことが露見し、IT機器のおそろしさを実感したところです。
 お名前はもちろん、その他の個人的な情報は伏せさせていただいても、内容は正確に書き写させていただきます。
 そうしないと、記録する意味を失うことになりますので。
 私の仕事部屋には、パソコンのようなものは一切ありません。
 私はすべて肉筆です。つまり、一字一句、手書きです。
 お寄せいただいた方々に、感謝の気持ちをこめて、では――。
(時候のあいさつのようなところは、すべて省略させていただきます)

*       *       *

 御本の内容は、もちろんスナイパー誌上で拝読しておりましたが、今回まとめて読ませていただき、再度楽しく堪能いたしました。
 無駄がなく心地よいスピード感で読ませる文体の素晴らしさは、今更申し上げるまでもない事ですが、やはり先生とモデルの女性たちとの心の交流がリアルに伝わってきて、うたれます。
 いま、SMネットやメディアでくりひろげられている「ご主人様と奴隷のSMごっこ」には、なかなか乗れません。
 奴隷制度の無い我が国では、SもMも役割芝居の演者なのは当然ですが、相手を置き去りにした自己満足では虚しいでしょうね。
 また、のめり込み過ぎている人たちには、危うさも感じます。
 先生の御本にあるように、商業用のDVDやグラビア撮影のためのひとときの関係であっても、人間として誠実に接する態度を忘れなければ、男と女の一期一会の真実が生まれるのですね。
 Sだろうが、Mだろうが、ひとたび相対すれば、人間対人間の器量のガチンコ勝負。
 M女性は命の危険もある行為に身体を張って臨んでいるのだから、S男の側でも、ハッタリや付け焼刃は通用しない。
 プロフェッショナルとアマチュアの違いは、選んだ道から逃げない覚悟の差なのですね。
 先生の女性たちへの細やかな心くばりや思いやりが、セクシャルマイノリティーの彼女たちの心を解放してあげているのですね。
 女性をしあわせにするSMと、それとは反対の方向にむかわせてしまうSM。
 いろいろ考えさせられました。
 中原るつさんの解説文も力作でした。
 とくに濡木痴夢男名義以外の文筆での先生のご活躍を解説してくださっているのは、この分野の研究者にとて、なによりの宝物です。
 彼女は風俗資料館の館長として、良い仕事をなさっていますね。
 館長としての彼女と濡木先生、プロフェッショナル同志のグッドジョブ。
 これからも彼女を通じて、先生の大きすぎる業績が、解明されてくるのが楽しみです。
 長くおつきあいいただきながら、数々のペンネームのうちの、一部しか存じあげていない「象を撫でていた群盲」の一人としての不明を恥じて、彼女の研究に望みをたくしております。
 ありがとうございました。
 いつかお会いした時に、御本に御署名をお願い出来たら幸いです。

*       *       *

 以上がAさん(仮りにAさんとさせていただきます)からお送りいただいた感想文の一部です。
 肉筆で、黒いインクで、一字一字ていねいな楷書で、誠実な筆致で書かれています。
 手書きの文字というものは、やはり、指でポンと押すと、スッと出てくる字とはちがう、血のかよった「心」を感じてしまいます。
 Aさんからいただいたお手紙を、一字一字噛みしめながら書き写していて、つくづく、そう思いました。
 ポンと押すと、スッと出てくる字は、どこかをまたポンと押すと、長い文章でも、スッとみんな消えてしまうそうですね。
 便箋に書かれた文字は、燃やさない限りは、書いたときのなまなましい「心」が永久に残ります。おろそかには読めません。
 そうはいうものの、私もちかごろはワープロの文字を読むことが多くなりました。
 私のところへくる通信の多くがワープロ文字なので、読まないわけにはいきません。
 粗雑な手書きよりも、ワープロ印字のほうが読みやすいのは当然です。
 私は毎度申しあげているように、字をかくときは100パーセント肉筆ですが、指のあいだにペンをはさみ、小さな文字を一字一句書きつづけるというこの作業は、じつは、縄を繊細に扱う「縛り方」の、指の訓練になっているのです。
(ああ、Aさんからの誠実なお手紙に刺激され、触発されて、私はたいへんな「企業秘密」をもらしてしまった! 笑)
 柔軟でなめらかな女体に縄を接触させるには、五本の指の先に「目」がついていないと、縄を生き生きと密着させることはできません。
 裸の女体を縛るとき、私はわざと目を閉じて、縄を掛けていくことがあります。
 指先の感触だけで、つまり指先の「目」で女体の反応を見ながら縛ります。
 私が意志を働かせる前に、縄と指先が勝手に一体化して、効果的に動きだすことがあります。
 そういうとき、女体のなめらかにうすい皮膚や、その内側に息づくやわらかい肉も、私の指と縄に呼応して、呼吸が同化します。
 指先が「目」を持ち、呼吸しているのを感じたとき、そのときこそ、縛り手である私に一瞬の陶酔感がおとずれ、快楽の一つとなり得るのです。
 ペンを握って指先を動かし、無意識のうちに筆圧の加減を調節しながら、一字一字を書いていくというこまかい作業は、「縛り」に必要なこの微妙な感覚を磨き、訓練することになります。
 指先には繊細な血管が集中していて、常に活発に動いています。
 画鋲の針などでちょっと指先を突いたとき、赤い小さな血のかたまりが、丸くなって飛び出すほどです。
 魂をこめて文章を書いていると、指先に集中している血が、さらに生き生きと活動し、魂が宿ります。
 魂は指先から縄に伝わります。
 縄の魂は同時に女体に伝わります。
 以前、どなたかが、
「濡木の縄は女体はもちろん、女の心まで縛る」
 と言い、私もそのときの言葉のアヤで、そのようにこたえた気もしますが、本当は縄で女性の心を縛るのではなく、縄を女性に同化させるのです。
 私は縄で女性の心を縛ろうと思ったことはありません。
 心まで縛ることができたらいいだろうなあ、と思ったことはあります。
 縛ってこっちを向かせようと思っても、なかなかこっちを向いてくれないのが、女の「心」です。
 Aさんのお手紙の中に、ハッと思い、考えさせられる一行がありました。それは、
「商業用のDVDや、グラビア写真の制作にたずさわるときに出会う女性たちとの、ほんのひとときの関係であっても、一期一会の真実が生まれるのですね」
 というところです。
 じつを申しますと、仕事の場所での一期一会だからこそ、相手の女性に対して、出来得るかぎりの心とテクニックをそそぐことができます。
 一日間だけですから、全力を使い果たしてM女性に対し、快楽を奉仕することができます。
(あ、これもあるいは「企業秘密」をバラすことになるかもしれない。こんなこと言ってはいけないのかもしれない)
 仕事で出会うM女性へそそぐ私どもの奉仕は、二日間か、長くて三日間位のものです。
 毎日毎日、十日間も二十日間も、同じように心身のエネルギーを費消し、全力投球しておつきあいしていたら、私どものほうの心も体もダウンしてしまいます。
 日常生活の中に組み込むには、私たちの作業はあまりにも膨大なエネルギーと、強靭な神経を必要とします。
 二日や三日の連続だったらいいけど、それ以上はとても肉体的にもちません。
 激しい行為ほど、マンネリがやってくるのも早いのです。
 このへんが、この世界の男女のつきあいの難しいところです。
「一期一会の真実」
 は、確かにあります。
 しかし、私の正直な言葉としては、
「一期一会だからこそ真実がある」
 といったところでしょうか。
 でも、これをいったら、ミもフタもありませんね。
(やっぱりこれは、言わないほうがよかったかな)

つづく

濡木痴夢男へのお便りはこちら

TOP | 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 | プロフィル | 作品リスト | 掲示板リンク

copyright2007 (C) Chimuo NUREKI All Right Reserved.
サイト内の画像及び文章等の無断転載を固く禁じます。