2008.7.28
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第四十九回

 縄ナシ、縄アリの差


 C社の応接室で、井上正子と会っている。
 井上正子は、全身が性感帯だそうである。
 大体、女性はすべて全身性感帯といっていい。
 そうでない、という女性の方がおられたら、それはその女性の心身がまだ未開発、未熟、あるいは未完成ということである。
 井上正子は、性感帯は完全に開発されているという。
 そのような意味のことを、自分で言うし、そばにつき添っているマネージャーも言う。
 このマネージャーは三十歳の男である。
 男である彼が、どうして自分のことのように、性の快楽を感受する女性の肉体と心の中を知っているのか。
 やがて彼は、彼女の快楽状況を具体的に説明してくれることになる。陽気で、おもしろいマネージャーである。私としては、仕事がしやすい。
 井上正子というのは仮名であることを、ここでお断りしておく。
 これからどんな「個人情報」が、私のこの文章の中に飛び出してくるかわからない。
 万一、めいわくがかかるといけないので、匿名にしておく。
 私は女性にめいわくがかかることを、極端におそれる。
 私に直接関係はないのだが、無責任に尾ひれがついて飛び交った「個人情報」のために不幸な目にあった女性を何人か知っている。
 すこしでも仕事で私と関わり合った女性たちは、みなさん、しあわせになってもらいたいと、心から祈っている。不幸な話は嫌いである。
 井上正子はポッチャリした感じの丸顔なので、二十五、六歳にしか見えない。が、四十三歳だという。いわゆる熟女である。
 全身性感帯を標榜する女性は、若い。生き生きしている。この四十三歳は若すぎる。
 セックスなんて不潔、けがらわしい、男なんて嫌い、などと言っている女性は、私の知る限りにおいては、若くない。
 心も体も、しなびている。
 まだ二十五、六歳なのに、生気がないので四十以上に見えたりする。
 応接室には、井上正子とそのマネージャー、そして、今回井上正子をメインにしてAVを一本撮るY監督と、助監督のW君がいる。
 彼女は、ふつうのAVはこれまでに二十数本出演しているが、「SM」ははじめてだと言う。
 つまり、いままで縄で縛られたりしたことなんて、一度もないという。
 SM未経験の女性が、そっちの方面では高名なC社の応接室へ「面接」にきているのだから、多少なりとも緊張するとか、あるいは「おそれ」みたいなものが表情や態度に出てもよさそうだが、彼女はニコニコと笑顔を絶やさず、ひとかけらの不安もみせない。
 いままでに彼女が経験した撮影の現場は、みんなやさしくて、いい雰囲気だったんだろうな、と私は思う。
「男優さんたちとセックスするのが、楽しくて楽しくて仕方がないって言うんです」
 と、マネージャーが言う。
 彼女はニコニコしながらうなずく。
 Y監督や私に媚びたり、愛嬌をふりまくなどというそぶりは、まったく無い。
 本当に、心の底から楽しそうである。
 素朴に考えて、四十を超えた女性が、自分よりうんと若い男性と、撮影のたびにセックスするのだから、楽しくないはずはない。
 セックスするというのは、男と仲良くするということである。仲良くすることが楽しいのはあたりまえだ。
 だが「SM」となると、いささか中身がちがってくる。
「ちょっと縛ってみようよ、ねえ、濡木さん」
 と、Y監督が言う。
 Y監督は、じつはこのビデオ製作・販売会社の社長なのである。つまり、一番の権力者である。
「おれの赤いバッグ持ってきて」
 と私はW助監督に言う。
 私の赤いバッグの中には、縄が常に二十数本入っている。この会社の制作部の片隅に、十数年間、置きっぱなしになっている。
 数年前に、一度何者かのために盗まれた。一本のこらず縄は消えてしまった。
 いま預けてある赤いバッグは、二代目である。バッグの腹に大きく「濡木縄」と書いてある。これだったら、だれも持っていかないだろう。
 W君がその赤いバッグを持ってきた。
「参考のために撮っておきなよ。撮りやすいようにゆっくり縛るから」
 と私はW君に命じた。
 W君はすぐに小さなビデオカメラを持ってきて、撮影する姿勢になった。
 私はバッグの中から縄を取り出し、ソファに腰を下ろしていた井上正子を立たせると、後ろ向きにさせた。
 両腕を背中にまわさせる。
 うすいブラウスの上から、後ろ手に縛りあげた。
「彼女は体がやわらかいというから、後ろ手合掌はできないかな」
 と、Y監督が言った。
 この監督は、むかしから(そう、私とY監督とは、むかしからの知り合いなのだ)後ろ手合掌が好きなのだ。
 後ろ手合掌だけでなく、女の両腕を背後に極端な形で縛りあげるのが好きである。
「いや、肩と腕に肉がやや多くついているから、後ろ手合掌は無理だな。体がやわらかいというのは、下半身のことじゃないかな」
 と私は言った。結果はそのとおりだった。
 はじめて縛られるというのに、彼女の心も体もさほどの緊張もみせずに、気軽に縄を受け入れてくれた。
 あまりに気軽すぎて、拍子ぬけする位だった。
 あいかわらずニコニコ笑っている。なんだか楽しい気分になり、私もニコニコ笑ってしまう。
 被虐感とか、悲惨美などというムードは、この彼女には無理だろうな、と私は判断する。
 となると、あとはエロティシズムで勝負しなければならない。
 縄のエロティシズム。望むところである。
 私はその方向へ神経を集中させる。
「おっぱい見たいな。上半身だけ裸になってよ」
 と私は命じる。
「こういう応接間の中で、みんなに見られながら脱ぐって、恥ずかしい!」
 と彼女は言った。
「うれしいなあ。モデルの口から恥ずかしいなんて言葉、ひさしぶりに聞いたよ」
 と私は言い、みんな笑った。
 ますます和気あいあいの雰囲気になった。
 彼女の乳房は二十代の丸みと張りを持っていた。子供を産んでいない乳房だった。
 四十三歳などと自分で言わなければ、二十代後半で十分に通る乳房の形である。
 また後ろ手に縛った。
 乳房を盛り上げるようにして縛った。乳首が固くとがった。
「乳首感じる?」
 と、私はきいた。
「はい、感じます」
 素直にこたえてくれる。
 私は調子にのった。女性が素直にこたえてくれると、私は調子にのる。
 素直に返事をしてくれるということは、相手が私の心をわかってくれ、私の欲望に、正直に反応してくれるという意思表示である。
 相手が無言で顔をそむけたりすると、嫌なのかと思い、私はもうその女性に手を触れたくなくなる。
(ただ金が欲しいためにマネージャーに連れられてやってくるモデルの中に、ときどきこういうのがいる)
 私は、相手が嫌がることは、なるべくしたくない。私は臆病である。
 相手がいやがることをやっても、私の場合、快楽にならない。
(相手がいやがることをやらないと快楽にならない人もいる。そういう人こそ、サディストというのであろう。私は、単なる縛り係である)
 私は、私に縛られてくれる人と、一緒に楽しみたい。
 相手が不愉快な顔をみせると、こちらも不愉快になってしまう。やる気を失ってしまう。
 やる気を失っても、縄を持つ手と指だけは動かしている。
 動かさないと、撮影は終わらない。
 撮影が終わらないと、私もお金がもらえない。
 縛られるのははじめてだというのに、井上正子はなんでも受け入れてくれそうな感じがした。
 小太りの上半身に食いこんだ縄の形もわるくない。
 私は指で彼女の乳首に触れた。
 彼女はすぐに肩をふるわせ、低い声をあげた。反応は敏感だった。
 むろん嫌悪の反応ではなく、快楽のけいれんである。
「こうやって縛られて、乳首を揉まれる感じって、どう?」
 彼女の表情を観察しながら、私はきいた。
 体のけいれん度をたしかめるために、私は左手で彼女の肩をつかみ、右手の指さきで乳房を揉みつづけた。
「教えてくれよ、どんな気持ち?ね、ね、どんな気持ち?」
 私はかさねてきいた。
 この女性は、縛られていなくても、こうやって、男の手に乳房や乳首をつままれただけで、はっきりした反応を見せるにちがいない。
 そこに縄がプラスされることによって、その反応がどのように変化するのか。私はそれが知りたかった。
 縄を扱う人間として、知っておかねばならないことだった。
「縄師」とか「調教師」とかいう「お偉い」方々だったら、そんな些細なことは知らなくていいのだろう(と、皮肉をこめて私はいう)。
 だが「縛り係」として相応の報酬をいただく私としては、これは体験し、認識しておかねばならない、大切なことだった。
「縄ナシ」と、「縄アリ」との差に、変化がなかったら、「縛り係」としてお金をいただくことはできない。
「生まれて初めて縛られたんだろう?ねえ、いまの気持ち、教えてくれよ」
 私はなおもしつこくきいた。
 この女性だったら、素直に答えてくれる、と直感していた。
 返答をさいそくするように、指さきに力をこめ、強く乳首を揉んだ。
「はい、はい、手が、後ろに縛られていて……抵抗できないから……逃げられないから……なんだか、なんだか、すごく感じて……」
 きれぎれの声で言うと、彼女はソファに上に倒れこんできた。
 三十歳だという男のマネージャーが、あわててソファのそばにかけ寄り、彼女の顔色をのぞきこんだ。
「イッてしまいました。じつは、さっきからこの人、五回も六回もイッているんです。いまが七回目です。七回目で、腰がぬけてしまいました。でも、大丈夫です。すぐ、もとにもどります」
 マネージャーは、私とY監督の顔色をうかがいながら報告した。
「五回目とか、六回目とか、そばで見ているだけで、そんなことまでわかるの?」
 と、私はきいた。
 こういう場合、私はまず疑う。
(男の手で何かされたら、すぐに「イク」ということを、このモデルの「売り」にしているのではないか?)
 という疑念である。
 いささか意地悪である。
(もしかすると、四十三歳というこの女の年齢も「逆サバ」かもしれない。「熟女ブーム」がまだつづいているらしいから、それに便乗しているのかもしれない)
 と私は、さらに意地の悪い推理をする。私もこの業界に長く居過ぎた。
「はい、わかります。いつもモデルの表情を見ているのが、私の仕事ですから。この人は、いま七回目のアクメに達して、八回目にさしかかったときに、頭の中が真ッ白になったんです」
 マネージャー氏は自信たっぷりに答える。おもしろい男である。
 むっつりして不機嫌そうな顔をしているマネージャー(このタイプも意外に多いのだ)よりも、こういう男のほうが仕事はやりやすい。
 だが、おしゃべりの限界を超えると、
(このマネージャー、このモデルといつもセックスしているんじゃないか)
 と疑われる。
 まあしかし考えてみると(考えてみなくても)マネージャーとモデルがどのような私的関係にあろうと、撮影の現場でモデルが一生けんめいにやってくれれば、それでいい。私たちは、それしか望まない。
 モデルと私たちは、しょせん一期一会である。
 ソファに寝そべって、缶ビールを飲みはじめたY監督が、私に声をかけた。
「濡木さん、ついでだから、乳房十文字縄を掛けてみないか」
「ああ、やってみようか」
 私は、うれしい。
「乳房十文字縄を掛けてみないか」
 という、Y監督の、その言葉がうれしい。
 こういう注文が監督の口からかかるのは、本当に、ひさしぶりのことなのだ。
 いまの監督も、緊縛カメラマンと称するカメラマンも、縛り方の注文、縄の形の指示、一切しない。
「縛り」はぜんぶ同じだと思っているのだ。
 女の体に、縄が巻きついていればいいと思っているのだ。
 そして最後に「大マタ開き縛り」をやればいいと思っているのだ。
「縛り」という行為の背後に「縄フェティシズム」が、強烈な息遣いでひそんでいることを、彼らは知らない。
 カメラマンが、モデルの股を裂けるほどひろげて異物をねじこもうとも、そんなノーマル(あえてノーマルと言わせてもらおう)な見世物で、緊縛マニアが興奮すると思ったら大間違いなのだ。
 井上正子に「乳房十文字縄」を掛けたら、どんな反応を見せるか?
 Y監督のその問いに答えるべく、私は彼女を縛った縄をいったん解いた。
 そして、赤いバッグの中から、そのための極細縄(ごくぼそなわ)を三本取り出した。

つづく

以下「みか鈴」さんからお寄せいただいたご感想を、ご本人の承諾を得て転載させていただきます。このご感想の中の表現を次回「第五十回」にて引用させていただきました。

みか鈴さんからのcomment
先生、美香です。
新しい「おしゃべり芝居」今回も楽しく拝見させて頂きましたわ。
で、例によって例の如く、今回も厚かましく感想をコメントさせて頂きますわね。
> バッグの腹に大きく「濡木縄」と書いてある。
> これだったら、だれも持っていかないだろう。
先生…それなら余計に持って行く人がいますわん……ってツッコんでしまったのは美香だけでしょうかしら?
美香は「おしゃべり芝居」の読者の皆様がそう思ったと思うのですのよ。
何故、そう思うのかと言いますと、先生はそうは思ってはいらっしゃいませんが、「濡木痴夢男」という名前は、緊縛系SMをする人にとっては、大きなブランドで御座いますのよ。そう申しますと先生は「えっ…そうなの?」と仰ると思いますけれど……そうなのですのよ。
「濡木縄」と書いてあるバックに入った縄は、ある種のコレクターの心を擽られる縄なのですわん。
メーターあたり十数円のジュートの麻縄は、先生のお持ちになられたというだけで、ある種の価値の付くものに変換してしまっているのです。
女性の下着でも、有名アイドルとかの履き古したモノだと大変な価値が付くのは、そういう趣味を持ち合わせていない美香でも知ってます。フェチにとって、物というのはそういう側面があります。
ですから、縄にフェティシズムを感じる方にとっては、使い古した「濡木縄」は、盗みを働くのに充分な動機となりうると思うのは、美香の邪推ではないと思うのです。
> 「縄ナシ」と、「縄アリ」との差に、変化がなかったら、
> 「縛り係」としてお金をいただくことはできない。
「縛り係り」対「全身性感帯熟女」の対決ですわね。
性感を開発され尽くされたと自称する熟女正子さんに縄は新たなる性感を与える事ができるのでしょうかしら。
興味のある展開ですわね。
美香の経験からしますと、縄で絞められると、性感は増すように思いますけど……どうなのかしら。
「乳房十文字縄」は正子さんに経験した事のない未体験な快楽をもたらすのでしょうかしら。
美香が思いますのに、縛りの好きなSの方が一番嬉しいのは、縛り終えて縄を解いた後、M女に「初めての快楽でした……」という感想を言われる事ではないかと思うのです。
> 「縛り」という行為の背後に「縄フェティシズム」が、
> 強烈な息遣いでひそんでいることを、彼らは知らない。
縄をただ掛けただけではSMにはならない。
縄に意味があってこそSMというものになる。
と美香は解釈しました。
こういいますとオカマ女の愚痴になるかもしれませんが、最近のSMには意味のない縄が多すぎると思うのです。
丁寧で綺麗ではありますが、縛ってる感が無いものや、ただ巻き付けただけのやっつけ仕事の縄。
先生の仰る「縄フェティシズム」が少しも感じられない緊縛というものを目にした時、悲しいような腹立たしいような気分になりますけど、それで抗議をするかと言えば、そんなはしたない事をするのは嫌い。
そういうSMからは、だまってそうっと逃げ出すだけなんです。
縄、緊縛する意味……言葉にすると大変難しい作業になりますけど、一目見れば、死んでいる縄なのか、生きてSMになっている縄なのかは判ります。

またもや嬉しさの余り興奮して長いコメントを入れてしまいましたわ。
でも、それを先生が許して下さる限りは、美香は、厚かましく書かせて貰うつもりです。

 ★みか鈴さん、ありがとうございました。
  皆様もお読みになったご感想など、是非お気軽にお寄せください。

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