濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第五十五回
石谷秀との再会、そして……
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石谷秀さんに再会した。
この若く美しい人妻のことは、S&Mスナイパー誌旧号の「濡木緊縛日記」40回から45回に、こまかく書いてある。
そのときのタイトルは「人妻・石谷秀の美しさ」および「石谷秀の極秘映像」である。
この文章は、のちに河出書房新社から発行されている私の文庫本の6冊目の「緊縛★命あるかぎり」にも、まとめて再録されている。興味がおありの方は、ぜひお目通しください。
石谷秀さんとは、一時期かなりひんぱんに会っていたが、このところ二年間ほど、音信が絶えていた。
秀さんは私生活を大切にされている(と私は拝察している)人妻である。
私は彼女の本名も、住所も、電話番号も知らない。
彼女は教えてくれなかったし、私も知ろうとしなかった。
そういえば彼女がケータイを持っているところを、私は見たことがなかった。私ももちろん、ケータイを持たない人間である。
彼女の過去の生い立ちとか、経歴なども、一切知らない。知ろうとも思わない。
「私は人妻です」
と、はじめに言ったから、私は彼女のことを人妻だと思っているだけである。
本当は結婚なんかしてないのかもしれない。人妻であろうが、独身女性であろうが、私には関心がない。本当に、ない。
「あなたがその気になられたときだけ、私のところへ電話してください」
と、私は彼女に言ってある。
「その気になったら」
というのは、はっきり言ってしまえば、私に縛られたくなったら、ということである。
こうやって文字で書くと、私がひどく傲慢な人間のようにみえるかもしれない。
だが私は相手にそのような印象を与えないように、極力神経を使って、やさしく言う。
だから彼女も私のことを傲慢な男だとは、けっして思わなかっただろう。
「私のほうからは絶対に電話をかけるようなことはしませんから、あなたの電話番号を教えてくれなくても結構です」
とも私は言った。
これも聞き方によっては、傲慢な言葉である。
人によっては傲慢尊大ととるだろう。
仕方がない。私はそれだけの卑小な人間である。
彼女から私のところへ電話がなければ、それでもう彼女とのつきあいは終わりである。
で、二年間が過ぎた。
彼女からの電話がないかぎり、つながりは絶え、完全に空白の月日が流れた。
あ、いけない。
私はまた、よけいなことを延々と書いてしまった。
二年前の彼女のことなど、いまさらくどくど書く必要はなかったのだ。
先をいそがねばならない。
とにかく彼女から、いきなり電話がかかってきた。
以前よく待ち合わせに使っていた、横浜みなとみらい地区の喫茶店で再会した。
語り合った。
そして、あれほど私がたのんでも、激しく首を横にふって拒否し、いやだと言っていた「石谷秀の極秘映像」の撮影を、なんと、二年間の空白を経て、彼女は承知してくれたのだ。
この空白の間に、彼女の身の上に何があったか、そんなことを私は知ろうと思わない。そういうことには関心がない。
目の前に、撮影を承知した石谷秀の肉体がある。
それだけのことだ。
だからその撮影のことを、最初の一行目から書くつもりでいた。
それが、いつものくせで、よけいな「前ふり」が長くなってしまった。
あいかわらず私は無駄なおしゃべりが多く、すぐに横道へ話が外れる。だから「おしゃべり芝居」なのだが。
私が「石谷秀の極秘映像」の撮影をたのみたいと思っていた不二企画が、いつのまにか制作活動を中止してしまっていた。
全身全霊をこめて相手を縛り、責めるこの「極秘映像」の撮影を、不二企画に選んだ理由は、これも河出文庫の中に、こまかく、具体的に書いた。
熱い思いで書き綴った。
要するに、AV系のSM映像制作会社の撮影意識、その態度、その方法は、マンネリズムの極致におちいっている。
マニアの心情、真の欲望から遠く離れた映像ばかりが大量生産される。
私はそういう映像制作に慣れたスタッフに、石谷秀を主演させる大切な映像をまかせたくなかったのである。
だが、制作活動を中止している不二企画には、もうたのむことはできない。
すこし考えてから、私は、親交のある女性編集者のA子の存在を思いついた。
河出文庫の中の「読者投稿マル秘映像」に登場するA子である。
このA子が、ふと思いついた私のいたずら半分の撮影の意図を理解してくれ、しかもカメラマンまでやってくれたのだ。
そのおかげで二年前、私は早乙女宏美を相手とした「極秘映像」を、ほぼイメージどおりに作ることができた。
マニアは、自分の好むイメージを、唯一無二のものとして大切にする。
この思いは、フツー人には信じられない位に強烈である。だからマニアなのである。
ほぼ私のイメージとおりに撮ってくれたA子に、私はいまでも感謝し、恩義を抱いている。
A子だったら、いまの私の気持ちをわかってくれるにちがいない。
「石谷秀の極秘映像」を、私のイメージどおりに、いや、イメージどおりでなくていい、イメージに近い映像に撮ってくれるにちがいない。
鉄は熱いうちに打てという。私はただちに石谷秀を、A子に会わせた。
そして、私と石谷秀、A子の三人だけの間では、この企画は成立した。
と、ここまでのなりゆきの説明も、あるいはいつもの寄り道だったかもしれない。
私はもっと早く、「石谷秀の極秘映像」の撮影現場における具体的なシナリオを、ここに書き出さなければいけない。
いや、シナリオなどという形式的なものではなく、覚え書きである。
この覚え書きこそが、最も重要なのである。私の魂を、まず、この覚え書きにそそぎこむ。
はじめに撮影場所。
つまり、石谷秀を縛り、責める場所。
AV系のSM物でよく使われる既成のスタジオを、私は敬遠したい。
はっきりいって、いかにもスタジオ然としたあの室内のたたずまいに、私はもううんざりしている。
AVの撮影スタッフが、いつもいつも飽きもせず使っているあの種のスタジオでは、私の心がはずまない。
私の「縛り心」が、はずまない。
またか、と思うだけである。
ああいうスタジオでは、女体を縛る位置も、その女体にあてる照明の位置も、カメラをかまえる位置も、すべてきまっている。
撮影が開始される前に、すでに私の頭の中には、作品全体のイメージが浮かぶ。
さんざん見飽きた、マンネリズムの映像が……。
そこで、私がこんど石谷秀を縛って責めたいという場所から、まず、ここに書こう。
そこは銀座の裏通りの、路地を入ったところに、ひそかに息づいている小さなバーである。
この路地の、酒場が折り重なって密集している昭和の初期から中期の呼吸を感じさせる、なつかしい味がいい。
レトロ調といってしまえばそれまでなのだが、この路地そのものの風景が、まず、ドラマチックなのである。
私が石谷秀をこっそり縛ってねちねちと責めたい場所は、その古いビルの、細くて急な階段をのぼった二階にある。
ドアをあけて、店内をちらりと眺め渡しただけで、たちまち昭和の匂いに包まれてしまう。
カウンターの前に、客が五人もすわればもう満員になってしまうせまい店内。
奥の片隅に、猫の額ほどの空間があって、木製のベンチが置かれてあるが、そこも客が三、四人すわれば、ぎゅうぎゅう詰めの満員になってしまう。
カウンターの中で客と接する女の背後には、さまざまな色彩の、それもなぜか古めかしいラベルのボトルばかりが並べられていて、いい雰囲気をかもしだしている。
この渋い味のある酒瓶の色彩を背景にして、ぜひ縛った女体の被虐美を演出してみたい。
赤や濃い赤や、緑や濃い緑や、青や紺や、黄色や紫や橙色や、渋い茶色(しかもこれらの色彩がすべて時代がかって、くすんでいるのだ)のラベルを貼った洋酒瓶が並ぶ前で、私の縄できりきりと後ろ手に縛りあげられた石谷秀は、どんなに悩ましい羞恥と、ドラマチックな官能ポーズを見せてくれるだろう。
じつは、私が、どうしてもこの小さな酒場の中で、感度のいい女体を一度、思うぞんぶん縛りたいと思ったのは、全体のドラマチックな店内ムードもさることながら、床からカウンターの中をつらぬき、天井まで一本まっすぐに立っている柱の眺めだ。
これがいい。
たまらなくいい。
緊縛好きの男だったら、むずむずと欲情し、女を後ろ手にして縛りつけたくなるような、いい柱なのだ。
柱自体にムードがあるのだ。
カウンター席のいちばん奥にすわり、ひと目彼を見たとき私は、
「やあ、柱くん」
と、心の中で思わず声をかけ、手をさしのべて親愛の情を示した。
すると柱のほうも、
「やあ、いらっしゃい。お目にとまりましたか。さすがに、お目が高い」
と、なつかしそうな微笑をうかべて、私を迎えてくれたのだ。
おそらく私以外の人間が見たら、なんということもない、カウンターの上の、むしろ邪魔な存在でしかない柱である。
一見、「縛り」にはとうてい適さない柱なのである。
こんな中途半端な、せま苦しい場所に立つ柱に女を縛りつけようなどと、だれも思いつかないであろう。
だが、私の目には、これは大きな可能性を持つ柱に見える。
女体を縛りつければ、この柱は千変万化する。欲情の柱にしか私には見えない。
だから柱のほうも、私の欲情に反応して、
「さすがに、お目が高い」
と言ったのだ。
石谷秀を撮影するときの私のほうの心構え、彼女への配慮は、河出文庫の中の「人妻・石谷秀の美しさ」および「石谷秀の極秘映像」に記した内容と、大体同じである。
だが、じつは、二年前とくらべて、彼女の心の中が、いささか、いや、かなり開放的になっている。
というのは、サルグツワで顔面の半分をおおってしまえば、目は出しても可、ということになった。
警戒心の強かった以前とくらべて、これは大きな変化である。
あるいは、もしかすると彼女はもはや「人妻」ではないのか、と思ったが、そのような詮索はもとより無意味であり、もしこの映像が完成して、同好のマニア諸氏の目に触れても可、ということになれば、よろこばしい。
石谷秀は、目が美しい。目は口ほどにものを言い。
縛られた女が、目でその悲哀と歓喜を表現することは、マニアのよろこぶところである。
それから彼女は、乳房の露出を承知してくれた。
彼女の乳房は美しい。そして、そこに縄をかけると、きわめてエロティックな魅力を発する。
乳房の露出がOKということは、半裸での縛りもOKということになる。
はじめのうちは、着衣のままで、彼女を縛る。その服も、下着も、もちろん日頃彼女が身につけているものを着用してもらう。
クライマックスには、もちろん、柱を使う。ひと目みて私が惚れたあの柱だ。
半裸にして、柱の後ろ側に左右の手首をまわし、ぎりぎりと縛りつける。
彼女の尻はカウンターの上にのっている。
そのために彼女の顔は、彼女に縄をかけている私の目よりも高い位置にある。
つまり彼女は、カウンターの上に縛りつけられた「さらしもの」の形になる。
足にももちろん縄をかけるが、さまざまの形に変化させて縛る。足縛りの変化だけでも十分に同好の士をよろこばせることができる。
柱とカウンターとを同時に使って足縛りの妙味を見せることが、私の狙いの一つでもあるのだ。
私はいま、この文章を書きながら一人で興奮している。
この撮影の協力者であるA子のために、もっとこまかい具体的なメモを書かなくてはいけないのだが、興奮しているために、それを忘れている。
冷静になろう。
そうだ、忘れないうちに書いておこう。
古い小さなビルが迷路のように密集している銀座裏の路地の、そのビルの一つの二階の窓のあたりから、ひっそりと空に突き出されている手提げ鞄ほどの看板。
この看板が掲げられている周囲のごみごみした雰囲気が、またじつにいいのだ。
建物と建物の合い間の、せまく区切られた空を背景にしたこの小さな看板を、ファーストカットとして象徴的な映像としたい。
だが、店の名前を出すことを、オーナーがゆるしてくれるか、どうか。
「石谷秀の極秘映像」を、うまく撮れるか、撮れないかは未定だが、私のこのうわごとのような、しかし楽しい文章を、A子の撮影メモとして、まだまだ夢物語のようにつづけることにする。
(つづく)
★以下「みか鈴」さんからお寄せいただいたご感想を、ご本人の承諾を得て転載させていただきます。
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みか鈴さんからのcomment ★おしゃべり芝居第五十五回への感想★
2008年09月20日 02:51
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先生、美香です。
今回の「石谷秀との再会、そして……」を読ませて頂き、先生の面白さを考えると美香まで何やら面白くなっていますのよ。
石谷秀さんの事は河出i文庫の先生の著書「緊縛★命あるかぎり」の「人妻・石谷秀の美しさ」「石谷秀の極秘映像」で詳しく述べられていますわね。
先生の文章を引用させて頂きますと「千人に1人いや私は過去五千人の女を縛っているのだから、五千人に1人のすばらしい彼女の羞恥に悶える可憐な姿」と形容されていますように、先生にとってかけがえのないお相手の1人であるのは間違いないお相手の石谷秀さん……2年越しの思いが成就して、濡木痴夢男の集大成ともいえる映像を作ろうと為されているのですわね。
そういう状況の先生が抱く、「石谷秀の極秘映像」の撮影現場における具体的な覚え書きを作る作業……美香が想像しますに、その作業の時こそ、先生のSMの至福の時ではないかしらって思うのです。
ですから、美香は今、先生はとても高揚した、遠足の前の小学生のようなワクワクした気分なんだと思うのです。
>そこは銀座の裏通りの、路地を入ったところに、ひそかに息づいて
>いる小さなバーである。
>この路地の、酒場が折り重なって密集している昭和の初期から中期
>の呼吸を感じさせる、なつかしい味がいい。
>レトロ調といってしまえばそれまでなのだが、この路地そのものの
>風景が、まず、ドラマチックなのである。
という場所の設定……うん、うん、、、良いわねって思わず頷いていまいます。
その昔観た、松川ナミさん主演の「奴隷契約書」というSM映画の中で、新宿だかの酒場「ジュネ」ってのが出てまいりますが、そんな雰囲気でしょうかしら、なんて想像したりしますわ。
裏通りでなければSMの淫靡な香りは出ないですし、大きなバーだと空間があり過ぎて羞恥が散漫になるような気がしますわ。
>赤や濃い赤や、緑や濃い緑や、青や紺や、黄色や紫や橙色や、渋い
>茶色(しかもこれらの色彩がすべて時代がかって、くすんでいるの
>だ)のラベルを貼った洋酒瓶が並ぶ前で、私の縄できりきりと後ろ
>手に縛りあげられた石谷秀は、どんなに悩ましい羞恥と、ドラマチ
>ックな官能ポーズを見せてくれるだろう。
これもまた良いですわね。
美香は、ファッショナブルな光景や芸術的な雰囲気よりも、リアルな生活感があるこういう雰囲気が、SMの緊縛にはとってもマッチするように思うのです。
できることならその酒場の柱かボトルにでも化けて、その様子を見てみたいと思いますわ。
美香がその空間に入れるのはそういう方法でない限り無理なのは承知していますの……だって、石谷秀さんのMの佇まい(オーラ)は、先生とA子さん以外の誰を入れても壊れると確信していますから、現実には絶対不可能な事ではあるのですが、観てみたい気のする現場ではあります。
先生の楽しい計画を読んで、あれこれ書いてしまいましたが、先生の楽しさが美香に伝染して、ついつい調子に乗ってしまった故の事ですので、お許しくださいませ。
次回のおしゃべり「芝居」の一幕、どうなりますやら、美香はとっても楽しみです。
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★みか鈴さん、ありがとうございました。
皆様もお読みになったご感想など、是非お気軽にお寄せください。
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