2009.4.15
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第七十九回

 縄の体温について――Hさんへの返事


 Hさんへ。
「おしゃべり芝居」七十九回目を途中まで書いたのですが、あなたから切実なおたよりをいただいたので、それはひとまず置いておき、まず、あなたへの返事を書きます。
「おしゃべり芝居」七十九回は「福二郎時代の始まり」の話のつづきなので、べつにいそぐことはないのです。
 あなたからの息もつまるような真剣なお手紙を拝見しているうちに、これはなるべく早く返事をしなければいけない、という気持ちになりました。
 それで、あなたへの返事を、この七十九回に書くことにしました。
 本当は、この私の文章の前に、あなたからのお手紙の全文を、直接ここに紹介したほうがよいと思うのですが、いくら仮名を使われていても私信は私信なので、無断で掲載することはできません。
 あなたはまだ大人になりきっていないころから、私つまり濡木痴夢男の存在を知り、私がこれまでに書いたもの、作った雑誌、映像などに触れてこられたとのこと、だれにも告げずに、ひそかに見続けてきてくださったとのこと、私はまずそのことに感謝し、ありがとうございますと頭を下げてお礼を申し上げねばなりません。
 ものを書く人間にとって、読者ほどありがたい存在はありません。
 しかも十数年もの長いあいだ、あなたはずうっと私の書くもの、作るもの、演じてきたものに関心をもち続けてきてくださった。
 私の考え方の一つ一つ、私が縄に接する気持ちの一つ一つに魅了され続けてきたとのこと、私にとってこんなに心強い、励ましの言葉はありません。ありがとうございます。
 あなたは、ご自分の性癖に戸惑い、どうしようもない変態だと悩み、苦しみ、葛藤や憤りを重ね(ご自分への憤りでしょうか)てこられたということですが、それはあなただけではありません。私自身がまったく同じです。
 そして私やあなたのように悩んでこられた方を、私はたくさんたくさん知っています。
(こういう仕事を長いあいだ、もう五十年間もつづけてきたので、本当にたくさん知っています)
 あなたの性癖は、あなただけのとくべつなものではありません。少数派には違いありませんが、けっして孤独な唯一の性癖ではありません。
 私は、じつは、あなたのように真剣に悩まれる方こそ、私たちの本当の同志だと思っています。
 恥ずかしく思われるから悩まれるのです。
 無恥な人間たちは悩みません。
 悩まれる人には、魅力があります。
 その魅力は、他の「正常」な、多数派の人たちには無いものです。人間的な、深い魅力と味わいを感じます。
 悩むことをせず、自分の欲求を充たしたいがために、お手近な、安易な、浅いところで「縄」と触れ合ったりする女性が、いま増えているような気がします。
 先日、ためしに、そのような女性が集まっているところへ行ってみましたが、私には彼女たちが、とても「同志」とは思えませんでした。
 おのれの性癖を苦悩することも知らず、恥とも思わず、ただ快楽をもとめて気軽に右往左往するような人たちを見ていると、私と同じ血が流れているとは思えません。
 あの人たちと共通点はあるかもしれませんが、私やあなたとは違う、無縁な、異人種のように思えます。
 苦悩や羞恥する心をもたない人が「縄」に触れているのを見ると、私は「縄」が侮辱されているような気がします。
 あなたのお手紙の中にも、
「師などと称している驕った人たちには、蔑視だけしかありません」
 とありましたが、私もまったく同感です。
 私には「恥」があり「恐れ」がありますから、とても「師」などと自称することはできない。
 この「恐れ」には「畏れ」という意味や、「怯れ」という感情がこもっています。
 あなたのお手紙の中で、私の心をいちばん強くとらえたのは、あなたが、私の操る「縄」の温度について述べておられるところです。
 私の「縄」による行為について、このような表現で書いてくれた人は、これまでにありませんでした。とてもうれしく思いました。
 濡木の「縄」には温度が感じられる……実際に私の「縄」に触れたことのないあなたが、そのように感じてくれた才能を私は信じます。
「縄」に本心から執着している女性でなければ書けない言葉だと私は思います。
 そして、その前後に綴られている熱い言葉(ここに紹介できないのが残念です)に、羞恥をのりこえて綴ったあなたの決心と、それでも残るためらいと苦悩の感情がこもっていました。
 未知の女性に、これだけ深く思われたら、「縄使い人」冥利、いや、男冥利に尽きるというものです。
 私はよろこんで、あなたの手を、私の両手で包んでさしあげましょう。
 血のかよった私の縄で、あなたの体を包んでさしあげましょう。
 と申しても、私はあなたがどこに住んでいて、何をしている人か、まったくわからない。あなたのほうは私の素性が大体おわかりと思いますが、私のほうはあなたのことが全然わからない。
 私はパソコンを扱うことを知らず、ケータイ電話も持っていないのです。
 どうしたら安心してお会いできるのか、あなたのほうから指示してもらわないと、私にはどうすることもできません。
 考えてみると、あなたのような未知の人の場合、郵便局で扱う手紙のやりとりからまず始まり(自筆の手紙文字には当人同士の血がかよい、体温が感じられます)おたがいの気持ちを知り、つごうのいい日をきめ、場所をきめてお会いしたものでした。
 こういうパソコンを使って、仮名とか匿名ばかりが氾濫し、正体のわからない言葉ばかりが空中を飛び交う時代になってしまいました。
 おたがいに信頼しあって会うことが、逆にむずかしくなったような気がします。
 あなたが、ためらいと羞恥を必死の思いでのりこえられ、私に会ってみたいというメールをくださった心を、私は信じます。
 しかし、それ以外は何もわかりません。
 私は本当にパソコンでのやりとりが苦手なのです。したがって私への連絡は、風俗資料館の館長を通されるのが、最も早く、そして確実です。
 Hさん、ありがとうございました。またお手紙ください。お待ちしています。

つづく

★Rマネの追記★

H様
お心のこもったメッセージありがとうございました。
濡木先生からのお返事にあります風俗資料館の住所を以下にお知らせいたします。

〒162-0824
東京都新宿区揚場町2−17川島第二ビル5F
Tel:03-5261-9557/E-mail:pl-fs@kagoya.net
風俗資料館 中原宛て

中原さんにはHさんのことをお話してあります。Hさんからのお手紙が届きましたら、すぐに濡木先生に渡してくれることになっています。何かわからないことがありましたら、遠慮なさらずに資料館へ電話をして中原さんに相談をしてください。「おしゃべり芝居79回でお返事をもらいました」とおっしゃっていただければ、すぐにわかってくれます。

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