2010.6.28
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百三十九回

 「人質」は只今編集中


 旧知の水月影緒さんから、お手紙をいただいた。
 封筒に入れられ、切手を貼られ、ポストと郵便局を経て、人間の手と足で運ばれて、私の部屋のドアまで届けられたお手紙である。
 品のいい、上質の紙の封筒には、水月さんの体温が感じられる。とてもありがたい、いいお手紙なので、ぜひこの「おしゃべり芝居」の中に記録しておきたい。
(以前も水月さんからのお手紙をここに紹介させていただいたことがあります。そのときももちろん、ご当人の許可をいただいてあります)
 記録させていただくということは、水月さんからのお手紙を、私が一字一字ペンで書き写すということであります。水月さんのお気持ちとお考えを、熟読玩味させていただくことになり、勉強になります。
 私の主張は、こういうありがたい方々によって支えられているのだと思います。

(前略)「人質」の撮影8日前、5日前、3日前、2日前、前日と、当日が近づくにつれ、先生の気合が小生の期待と興味を湧き起こしました。きっと、他の読者のかたも同様に感じたことと思います。
「人質」の撮影は、つつがなく終了したことと思いますが、まだ編集が残っていますね。ビデオ、映画などでは、企画、原稿、脚本、演出、撮影、編集のどれかに問題があれば、他がいくら優れていても平凡な作品になってしまいます。今回に限ったことではありませんが、気のおけない優秀なスタッフとの連携が不可欠ですね。スタッフの方々との相談を重ねながら、素晴らしい作品が出来上がっていくことを期待しております。
 小生は濡木先生もすでにお分かりのように、緊縛の世界に限っては文章よりも画像に対して、強い興味をもっております。それも、露出過度の刺激の強いもの、痛めつけるなど残酷なものよりも、自由を奪われて、いたぶりから羞恥と凌辱の恐怖に怯える麗しい女性に、この上ない美しさを感じます。好みとしてはストーリーを感じさせるものに強く惹かれます。
 美しい女性が自由を奪われ、着ているものをはがされ、体を弄ばれて、ついには犯されそうになるところで、救いが現れて凌辱をまぬがれる……
 といった展開に、エロスと美しさを強く感じます。やはり美しい女性は、貞操に危機があっても救出される……あるいは救出を感じさせるストーリーが好みです。
 それを、先生は「羞美」と表現されましたが、これこそ小生が求め続けている「美女の危機」と同じものと考えています。「やまと言葉」で表現すれば、「怯えや恥じらいから滲み出る美しさ」といったところでしょうか。ちょっとくどいですね。やはり、「羞美」という必要にして十分、簡潔な表現には敵いません。
 映画やテレビの作品の美女の危機はこれに当たるものが多いのは当然です。
 松坂慶子扮する紫頭巾(南町奉行・遠山左衛門尉の妻)が悪者の手に落ち、着衣を脱がされ、長襦袢姿で猿轡を噛まされ犯されそうになる。
 ひし美ゆり子のプレイガール(国際保険調査員)が捕まり、スリップ姿で縛られて乳房を露出される……というシーンなど。
 美しい女優さんの拘束、貞操の危機、お約束の「美女救出」は良いのですが、救出が少し早すぎるのが残念に感じられます。とは言っても、公共の番組ではこのあたりが限界なのでしょう。
 雑誌「裏窓」の昭和30年代の……性風俗とくにSMに対する官憲の弾圧の時代ですが……先生演出のグラビアには、露骨すぎない「美女の危機」があり、小生のお宝となっています。
 藤沢修氏撮影では――
「ソファベッドのある部屋」(昭和37年3月号)(モデル:天城優子さん、五月八重さん)。
「救いをもとめる乙女」(モデル:榛名リエさん)。
 吉田久氏撮影では――
「追いつめられていく演技」(昭和37年6月号)、「逃げられない部屋」(モデル:エセル・モニカさん)、
「はんにゃの面」(モデル:谷まりもさん)、
「石伐り場の女」、「待ちぼうけのうた」、「羞恥の部屋」(モデル:影なぎささん)。
 これらの作品は、厳しい弾圧の下での妥協であったかもしれませんが、縄目も肉体の露出も控え目であるが故に、読者を想像の世界にいざなう所が残されており、昨今の全裸、開脚、挿入にくらべて、はるかに美しさとエロスを感じさせます。
 音楽の世界で言えば、裏窓の作品は「スタンダード・ジャズ」、昨今のものは流れ去る「流行り歌」や、喧しいだけの「ロック」といえるのではないでしょうか。
 ジャズの世界では、80歳を過ぎて尚テナーサックスを演奏し、ファンの心に感動を与え続けるソニー・ロリンズというジャズ・アーティストが健在です。
 同じように真の緊縛を追及して止まない先生の情熱と探究心に脱帽です。
「人質」の完成が楽しみです。
 優秀で理解あるプロデューサーをはじめとするスタッフに恵まれて、ますますのご発展とご健勝を祈っております。   
水月影緒。

 以上です。水月さん、ありがとうございました。
人質」は、いまごろ、りゅうカメラマンと山之内プロデューサーが編集していることでしょう。
 撮影現場では、私は自分の書いた台本どおりに進行させていきました。
 全体の演出は山之内プロデューサーがやりますが、カメラが回りだすと、登場人物を動かすのは私が中心になるので、こまかい演出はしぜんに私がやるようになります。
 私と二人の女性の動きを実際に客観的に撮影するのはカメラマンなので、私たちの動きを、どう撮るかは、りゅうカメラマンのセンスによって浮かび上がり、あるいは切りすてられます。それは彼のとっさの判断力にまかせられます。私に口を出すヒマはありません。
 こういう撮影の現場では、カメラマンも演出家としての任務を負わされます。
 プランナーの中原るつ氏も、山之内プロデューサーも、撮影の合い間に積極的にいいアイディアを提示し、中身は微妙に濃くなっているはずです。
 冬木、紫苑の両女性は、これまで数々の現場で、私が見たことないような、すさまじい反応を示してくれました。
 まさしく演技ではなく、真実の反応を見せてくれました。
 自分たちだけの記録を撮り、のこしておこう、という私の気持ちを、二人ともよく理解してくれ、いさぎよく応じてくれました。
 終わったとき、私は思わず言いました。
「二人ともよかった。百点満点といいたいところだが、百二十点あげるよ。ありがとう、ありがとう!」
 私は二人の女性に、心から頭を下げました。
 スタッフ全員に、私は百二十点、いや百五十点をつけました。
 この世界が本当に好きな人間ばかりが集まって、この世界の仕事をすると、こんなにもいい気分になれるものか、という幸福感に私は酔いました。私にはもう、することは何もない。
 スタジオを出て、中原氏と二人だけで駅までの道を歩き、途中で、お寺の境内の中に入って休みました。
 いまここで大地震がおきて、火事になって、いま撮影したばかりのあのテープがみんな焼けてしまっても、もういいや、と私は彼女に言いました。
 これだけのものを撮った、撮ることができたんだから、あとはどうなってもいいや、という気持ちです。
 こんなたのしい(そして恥ずかしい)映像は、だれにも見せたくないよ。
 見せたって、どうせわかりっこないんだから、このまま消滅してしまったほうがいいかもしれないよ、と言いました。
 やりたいことをやって、これだけ楽しんだのだから、もう満足。大満足。
 これまで一緒に営業用のSM商品を作ってきた仲間たちに見せたら――。
 裸がないじゃないか、開股縛りがないじゃないか、バイブ挿入がないじゃないか。
 セックスシーンがないじゃないか。吊りがないじゃないか。こんなものだれが見るか。
 そんなことを言われるにきまっています。
 木のベンチなのでお尻が痛くなりました。
 一時間以上もお寺の境内にいて、私は半分はひとりごとで、そんな他愛もないことをしゃべっていたのでした。
「先生はいい気分でそんなこと言ってるけど、山之内さんやりゅう君はこれからが大変な仕事なのよ」
 と、中原氏が言いました。
 大変な仕事というのは、もちろん編集作業です。時間と手間がかかります。
 いつものことですが、私よりも彼女のほうが、ものごとを大局に見ています。私は視野が狭窄です。
 それから私たちは、駅前の「てんや」で、つめたいうどんを、つめたい汁につけて食べました。
 太くて、コシがあって、おいしいうどんでした。汁もいいダシが出ていてうまかった。

 というわけで、水月影緒さん、お手紙ありがとうございました。
「人質」はできましたら、すぐご連絡いたします。見てください。そして、ご批評を賜りたい。

つづく

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